2003.07.05

第20回 民放東京支社に働く女性の集い リレートーク  

リレートークより     2003.7.5 [土]
放送業界に勤める女性たちから様々な提言がされました。

■CM考査に携わる方のお話

放送倫理を守る=品質管理  なかでも差別の問題・・・・・
障害、外国人、女性差別、言葉・・・

言葉による差別、差別用語。この問題は深い。にもかかわらず、「その言葉を使っていいか、悪いか」その部分にだけしか目がいかない。その言葉がどういうシチュエーションで使われているのか。 使う人がどう考えて使っているのか。そこが問題。

常々、感じていたこと、ここでも伺えました。「なぜ、この言葉が差別用語なのでしょうか?それによって、逆差別を引き起こす原因にはならないだろうか」その質問に対して、そもそも、差別用語というものはない・・・・それを、その場、その場の使われ方で検証する。しかし、世の中全般に流れている意識があり、それには、逆らえない面があるとのこと。

かつて問題になった手ぶらコードレスのCM。あのいきさつについても知りたいと思っていました。「問題視した発端はどこにあったのか」団体や大きな声があがったわけではなかったそうです。ちょっとした、つぶやきのようなものに、メーカーが過剰反応したとのことでした。

■介護と仕事の両立
仕事をしながら、母親の介護を24年された方のお話。

お母様は、がんこで、わがまま。それでいてユーモアがあったそうです。物事をはっきり言い、介護をされている卑屈さがありませんでした。そのことは、ヘルパーさんたちに、とてもお世話しやすいと、言われたそうです。

とかく介護される側というのは、子供に世話になっているという遠慮があり、それを、見続けているヘルパーさんたちは辛くなるといいます。しかし、お母様は、その遠慮がなかったのだそうです。 はっきり、意志を伝える。そのことが、介護をする人たちのストレス解消にもなって支えていたともいいます。

そこには、介護されているお母様の心遣いがあったようです。介護していただく方の名前を覚えるためにメモをとったり、お世話になっている方へ、はがきやメモを渡したり、仕事ぶりをそっと褒めたり・・・・・・

自分の生活をよりよくするためのお母様なりの工夫だったようです。リハビリにも積極的で、そんなお母様の姿勢が、自分の中にも培われてきたそうです。

職場の中でいいたいことを言える環境を作り上げ、働きやすい職場環境を自分たちで作っていく。それにあたり、介護の現状について聞かれれば、隠すことなく話されたといいます。

同僚、親子ほど離れている後輩に対してはおばさんぶらず、後輩たちの言えないことを率先して声を上げたり、公私が大変になったときは、自分のバランスを崩さないこと。自分に自信を持つこと。社会人として仕事し、家庭人として地に足をつけているという自負を持ち続けるよう努力する。そして、介護中、30分でもいいから自分の時間を作ることを心がけられたそうです。介護はきれいごとではない。

介護と仕事の両立は、エネルギーの消耗ではなく充電だった。と振り返られていました。


介護をする上で注意してきたこと

ボケさせない 。家庭での合理性、生活のリズムを作る、部屋作り、色彩コントロール、テレビを常につけて、音や映像の刺激を与える。時間のわかる会話を心がける。 朝ご飯ですよ~昼ご飯ですよ~暗くなりましたから、カーテン閉めましょうね。

はっきりした色、美しい派手な色を使う。真っ赤なパジャマ。色つきシーツ。カラフルカーテン。派手な色は、元気にさせる。そこから、会話がはずむ。お手伝い、ヘルパーさんとの、会話、コミュニケーションになる。あら、きれいな色ですね~すてきじゃない。

話は否定しない。前向きに聞く。対等に喧嘩をしても、怒らない。ベッドでのそそう。一番、みじめさを感じること。何でもないように始末する。看護婦、ヘルパーさんに任せっきりにしない。コミュニケーションが大事。病院にまめに顔を出して、様子を確認する。

どんな局面でもあきらめない。一人より二人、二人より三人。解決策は必ずある。人工透析が必要になった。姉妹のどちらかが、仕事をやめないといけないことになった。セコムに看護婦さんがいること知る。送り迎えをお願いすることにした。お母様も、仕事をやめることは望まなかった。費用はかさんだけども、結果、よかったと思っている。人の力を借りることも大事。一人で頑張らない。


■帰国子女 入社2年目 海外番販担当 の方のお話

日本の番組を海外に売るお仕事を担当されており、その仕事を通して感じることは、祖国愛だと言います。 ナショナリズムとは違う、「歌」「言葉」「醤油のニオイ」に対する思い。

大晦日、生でレコード大賞の番組を海外に配信する大役を仰せつかったそうです。どの曲が賞を取るのか。その可能性を想定して、著作権の交渉。新人の自分が一人でこなすには、あまりの大役でしんどい内容だったと言います。

しかし、年明け、好評との声が届きます。「 うれしかったよ」という現地からの声。日本の歌を、遠く離れたところから聴けることが励みになる。それは、日本という国から、外に出て初めて気づかされることだといいます。 これは、海外を経験した人たちから、何度となく、私も耳にしてきた言葉です。

パーティー会場で、彼女は声をかけてきました。ドキドキだったんです。手がふるえて、足がふるえいるの、わかりませんでしたか?って。 話終えたとき、「すみません。うまく話せなくて・・・わかりにくかったですよね。つまらなかったですよね・・・」なんて、気にしていたけど、そのフレッシュさも含めて、こちらに伝わってくるものがありました。

話のうまい下手ではないと思いました。何か伝えたいという思いは、確実に響いてくるものなのです。

2003.07.05 in 2.2 試行錯誤しながら | Permalink | Comments (0) | TrackBack