昨年、お仕事で広島を訪れました。その時に行われていた「企画展 原子爆弾ナリト認ム」 2日に渡ってこの企画展を見に行きました。そこで流されていたビデオをどうしても最後まで見届けたかったから、2日間、足を運びました。
使命感に突き動かされて被爆後の調査活動を行った人たちが伝えようとしたもの。その様子が納められたビデオ。 後世に残さなければ・・・・・その強い意志を感じさせられたから、それを受け止めなくちゃいけないと思ったからです。
その後、もう一度、訪れました。それは、もう一つ、しっかりこの目に焼き付けておきたかった「文字」があったからです。広島におきたこの状況がなんであるかの報告書です。当初、この報告は、可能性を含む表現でした。それが、二重線で消され、 書き直されたのです。その打ち消される前の文字の確認をしたかったのです。
そして、推測を含む文字を打ち消した二重線。鉛筆書きで修正され、断定表現に書き替えられたその瞬間の空気をその文字から受け止めたかったのです。
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当初の報告は・・・・・・・
「原子爆弾 若シクハ 同程度ノ威力ヲ有スル
特殊爆弾ナルモノト認ム」
これが、「原子爆弾ナリト認ム」に書き変わりました。
文字の羅列の草稿ですが、歴史的事実を始めて記るされたものです・・・・・・この結果を引き出すために集められた膨大な測定データー、資料・・・・・困難を極めた調査活動。その調査に浴びせられた周囲の視線。「研究・調査をするだけで治療行為をしない」 という批判。 結論を導き出すための決定的事実。
これら蓄積された膨大な数字。その後ろにある、被爆者の苦しみ、無念、憤り・・・・・・数値は単なる数値ではないのだということを、かつて徹底して、たたき込まれた経験があります。だから、これらの膨大なデータから導き出す結果、一旦出た結果を修正をするための裏付け。そして最終報告・・・・・その背後にあることを想像すると、鳥肌が立ちます。
草案に書かれた鉛筆文字の上に引かれた2重線の重み。データや状況から導き出された結論のあまりにも重い真実。その緊張。
数字の後ろには人がいる。さらにその数字を見て、一喜一憂するその人をとりまく人たちがいること。数値は単なる数値ではない。それを出すことの責任。技術の向上・・・・
そうやってたたき込まれた世界の前身にあたる人たちが、ここで大きな重責を担っていました。分野は違いますが、解剖から切り出された組織、その標本作成の技術の高さが、原爆による被害状況の確認に大きく貢献したといいます。その流れの先にある仕事を、自分も担っていたということに、誇りを感じるとともに、身の引き締まる思いがしました。
そしてここにも、日本人の手先の器用さや技術の確かさ、勤勉さというDNAのようなものを感じさせられたのでした。
人類が初めて経験した恐怖。その悲しみを私たちは背負っていかなくてはいけない運命を組みこまれてしまったのだと思います。今日というこの日に、そのことを確認し忘れずにいたいと思います。
今も、あの日の苦しみをかかえ、経過観察を受けている人たちがいます。そうした方たちのデーターを単なる数値として捉えずに、一生懸命、技術を磨き試行錯誤しながら、データを出そうとしている人たちがいることも思って下さい。要再検・・・・・その印字を見て思うこと。それは実際に、数字の裏側にきて、体験してみて、はじめてわかったことでした。
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