ハウスキーピング協会主催の整理収納アドバイザー認定講座(2級)に参加させていただきました。
「今度、参加しようと思ってるんです」なんて回りにお話していたら、「え~、参加するのぉ~!! 旧姓にでもして参加した方がいいんじゃない?」なんて言われたり、「や~、なんだかおもしろそ~」なんて反応があったりで、その反応を私もどこかで楽しんでいたり・・・・・(笑)
だって、NPO法人格を取得された団体が、公に公募されているセミナーです。ちゃんとお金をお支払いして受講させていただくのだから、なんの問題もないし、何で旧姓で受講しなくちゃいけないの?!って感じで・・・・・(笑)
まあ、先日もお知り合いの方が自分のセミナーに来るというのは、プレッシャーを感じるものだと書いたのと同様、同業者が参加するというのは、逆の立ち場になって考えればやりにくいものだとうのはわからないわけではないのですが・・・・・・
と言いながら、以前にも、ナニワのカリスマリフォーマーの異名をとる前出英子さんが近くのホームセンターにいらっしゃることを、インテリアスタイリストの友人から聞き、2人してでかけて行ったこともありました。
興味があれば、興味の赴くままに、どこにでも首を突っむ習性は、相変わらずです。終わってからご挨拶させていただこうと、後方の席に目立たないように控えめに座っていたつもりだったのですが、セミナーが始まるやいなや、「今日は、収納アドバイザーの本多さんとインテリアスタイリトの・・・・・」と紹介されてしまい、汗汗状態でした。
今回の整理収納アドバイザー2級講座も、終わってからご挨拶、させていただこうと思っていたのですが、お昼休みに入る時に、講師の方からご挨拶をいただいてしまい恐縮状態。「HPも拝見させていただいて、勉強させていただいてます」なんて言われて、ここでもまた汗汗状態でした。
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整理収納のアプローチは基本的には誰がやっても同じこと。そこにどんな手法で、どのように進めて、どう形にしていくのかということなのだと思っています。
現場をこなせばこなしただけ、そこに共通項が見いだせます。それをどのように体系付け、系統立ててゆくか。そしてそれをシステムに作り上げるか。受講者は、その作り上げられたシステムを、ソフトとして受講料という対価によって譲り受け、これからどう活かしていくかを考えてゆかなくてはいけないということだと思うのですが・・・
参加された方とお話していて、「受講料が高いわよね」というご意見を耳にしました。この一言に、やはりソフトを仕事にするということの難しさを改めて認識させられました。これから整理収納アドバイザーとしてやっていこうという意思を持っていらっしゃるわけです。ご自身もソフトの部分で仕事をしようと考えているわけです。
そのソフトの作成を自分でせずに、作られたものを利用させていただいて仕事をしようとしているのです。ノウハウをいただくことに対する捉え方を目の前にして、いろいろ思うところがあり考えさせられてしまいました。
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そして、この講座を受けながら、思い浮かべていたのは、花博でみたモネの庭で流されていたビデオの内容でした。
モネの絵は、日本の版画に大きく影響を受けたと聞きます。しかし、それは一見見ただけでは、表向き、わかる形での影響ではないのですが、奥底の部分でつながり合っています。一方、日本の版画をそのままコピーしたゴッホ。しかし、そのままコピーを試みたのですが、全く違う世界が、そこに広がっていたといいます。
参考:浜名湖花博 モネの庭
これは、絵画の世界だけでなく、どの世界にも同じことが言えるのではないかと感じさせられました。ベースに流れる部分というは共通しているのです。ある世界を追いかけ続ければ、同じようなところに辿りつくのです。
私ですら、同じようなことを、直前に体験して感じていたのでした。花博のモネの庭に行く途中、写真を撮影していました。
会場を流れる運河を写真に納めたのですが、なんだか、バランスの悪さを感じたのです。もう一度、シャッターを切りました。
ちょっと場所を移動して、手前の木を入れることによって、自分と川との距離感を出そうかな。川の比率も大きいから画面のバランスをとってなんてことを無意識に考えながら・・・・・・
なんとはなしに考えていたことが、モネの庭にたどり着いたビデオの中で語れていて、ちょっとビックリ!まさしく、今、自分が写真の構図として頭に浮べていたことが、日本の版画の構図の考え方であり、モネがその捕らえ方をベースとして取り込んでいたのです。
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西洋の絵の構図が遠近法であるのに対し、日本の版画などの構図は、手前に何かを置くことによって距離感を出しているといいます。
ご覧のように写真技術も未熟だし、写真の知識があるわけでもないのですが、感覚的にこっちの方がいいかなと思ったことが、日本の版画の構図に共通してたことを知り、ちょっとうれしく思ったりしました。(へ~、まんざらじゃないかもね。 笑)
(写真を貼り付けて、見比べてみれば・・・・・最初の写真は、遠近法で捉えてた! ってことに気づかされました。でも、これが心地よくないと感じて、取り直しをしたのでした。これって、なんだか、日本人としてのDNAがそうさせたのかなぁ・・・・なんて思ってみたり 笑)
いや、これ、自分の感覚と思っているかもしれないけれど、実はそれまでに経験したこと、見聞きしたことによって、知らず知らずのうちに、影響を与えられていたのかもしれません。
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庭作りを初めて、樹木の植裁をする時の植え方を聞いた時に、目からウロコが落ちたことがありました。それは、樹木をあえて室内の窓の近くに植えるという植裁でした。それによって、その先の景色に遠近感を与え、見え隠れする景色に面白さがでる。そして、風によってゆれる木々や葉のざわめきを目の当たりにすることによって、風を目で感じて見ることができる。なんてことが語られていて、とても斬新に受け止めていたことを思い出しました。
そんな植裁方法が、のちのち、スクリーン効果という、植物を通してその先の景色を見るという植え方への共感につながったのかもしれません。さらに写真を撮影するときに、無意識に、手前に何かを写し込むという構図を好むようになっていったのかもしれません。
そうした、表に直接的には表れてこない形で、影響を与え、与えられている部分というのがあるものだなと感じさせられていました。
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抽象的な言い回しになってしまうのですが、同じことを感じている人には共有できる感覚ではないでしょうか。
ゴッホのように全くのコピーをして、そこに違うものを見いだしてゆくアプローチ。一方、モネのようにコピーをしていながら、それを表向き、わからない形で、奥の奥に押し込められている。一つの世界を作り上げてゆくプロセスに、そんな手法を、絵画の中にみながら、自分の世界にあてはめていました。
表向き表現されたものが一見、違うように見えていたとしても、底に流れているものは同じ。そして知らず知らずのうちに、影響し影響されあっていることがあるということなのです。
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