September 2006

Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
Blog powered by Typepad
Member since 02/2004

« (9)箱・箱・箱・箱・・・・・・ | Main | 本多弘美さんのアイデア収納術 ワークショップ&セミナー »

2004.04.21

Comments

honda

桑田真澄氏が、日本舞踊から野球に得たものって何だろう・・・・とっても気にかかっていました。私も日本舞踊、やってみなくちゃ、わからないのかなぁ・・・・なんて思いながら。

たまたま、こんなレポートをみつけました。
舞踏というもの
http://www007.upp.so-net.ne.jp/t-kandenchi/page/himitu/hen03.html

このレポートを読み進めるに従い、体の奥底からこみ上げてくるものがあって、生きていることの実感が沸き起こるような。なんだか、じわりとしてしまう・・・・・・

体を動かすということの根源的なことを、日本舞踊を通して見ていたのかな?そんなこと考えさせられながら・・・・

動かない体、死体に直面したり、あるいは、怪我やスランプという状況の中で、動かない体を身を持って体験していると、「動くことのことのありがたさ」がより身に迫ってくるのかなぁ・・・と。

布施英利氏も語っておられたけれど、たくさんの解剖をすることによって、生きているということの意味が目の前に迫ってくる。立って歩くことの意味を感じたという。

「舞踏とは命がけで突っ立った死体だ」という暗黒舞踏の開祖、土方巽氏のこの言葉にご自身の体験を重ね合わせたであろうことが伝わってきます。

かつて見た野田秀樹の演劇も思い出されていました。舞台いっぱいに、縦横無尽に駆けずり回り、急激な場面展開する進行。そこに込められていたもの。その時に受け止めることのできなかったものが、ここにあるような・・・・・・

The comments to this entry are closed.