KW:「いる」「いらない」「迷う」は分類の第一歩 /
「捨てる」ことも広義の分類のうち /
「迷う」というカテゴリーを明確に切り分ける
分類のキーワード探し
何がわからないのかを知る
先日のセミナーでのこと。いつもと同じように進められていました。
「あきらかにいらないものとわかっているのに、
なぜ捨てないのでしょうか?」
「もったいないから、また使うかもと思うと、捨てられなくて・・・・」
■収納のポイントは分類
収納のポイントは分類から始まる。常々お話しております。上記のお答えは、「いらない」と「迷う」という分類が、はっきり認識されていないということを表しているよい事例だと思いました。「迷う」というグループが、しっかり切り分けきれていないということを物語っています。
「あきらかにいらないもの」という質問に対して、「もったいない、いつかつかうかも・・・・」というお返事は、「あきらかにいらない」という分類ができていないということなのです。
「もったいない、いつかつかうかも・・・・」それは、「いらいもの」なのではなくて、「迷っているもの」なのです。「いる・いらない・迷う」の切り分けができていないということなのです。。
■広い意味での分類
整理に分類なんて無意味という意見もあります。「分類なんて言っているのは、頭の悪い証拠」なんてご意見もあります(笑)・・・・その前に捨てることが先決というご意見も。しかし、ここでいう「分類」の意味は広くとらえています。
分類は無視して時系列に押し出して整理をするという方法。ここにも広くとらえた分類の要素が潜んでいると思うのです。「優先順位」「使用頻度」「重要度」という隠れたキーワードによる・・・・
■「迷う」を切り分けること
「捨てること」=「いる・いらない・迷う」という分類をすること。この分類があるからこそ、はじめて「いらない」ものが「捨てられる」のです。先のお答えは「いらない」と「迷う」の分類が明確にできていないことを表しています。
その逆のケースもあります。「迷う」を「いる」といっしょに考えてしまっているケース。収納の入り口は、この「迷う」をいかに克服するかなのだと思います。まずは、「迷う」というグループをはっきり、明確に切り分けて「分類」すること。それが重要なポイントなのです。
それに気づけた人、気づいている人にとっては、ごく当たり前のように切り分けて考えられる「迷う」という分類なのですが、これらの分類の感覚には、個人差があり、潜在的に持っている人と、若干欠ける方がいらっしゃるというのを感じております。直感的にまとまりを作っていける人。何が同じものなのかわからない人。
■分類の感覚 個人差
分類の感覚に欠ける人には、どうしてそういうまとまりが作っていけるのかがわからないのです。逆に直感的にそれを持った人は、なぜ、混乱がおきるのかがわからないのです。「いる」「いらない」「迷う」この言葉によって誰もが明確に理解できるものと思っていたのですが、実はそうではないということが、セミナーを通した対話の中で見えてきます。「迷う」ということをはっきり認識できていないということなのです。「迷う」ものが、「いる」に含まれている方。あるいは、「いらない」に含まれてしまっている方・・・・・
といいながら、思い出します。自分自身も最初、「迷う」という分類がはっきりしていなかったのです。「迷う」を「いる」に含めて考えていたのでした。今までにもう、何度も、何度も「いる・いらない・迷う」が大事ですよ。と言ってきました。そして、今、収納の本を見れば、どの本にも、それと同じことが書かれております。微妙な言葉の表現の違いはありますが、言っていることは同じです。それ対して疑う余地もなくなってきています。慣れてしまうとそれがごく当たり前のようになってしまいます。でも、ここで立ち返ってみれば、私自身も迷うことに迷っていたっていたのでした。
■何がわからないのか
何がわからなかったのか・・・・・・往々にしてわかってしまったあとは、わからなかった時のことを忘れます。そんなわからないを、思いつくままに、記録してきました。様々なジャンルで・・・・・・そしてそれがわかったとき、何が今までわからなかったのか、何を知ることによってそれが理解できるようになったのかも記録してきました。それらを並べてみると、そこから、また、見えてくるものがあるのです。
一度、切り分けて分類してみる。その分類したものを再構成する。その時にみつかる新しいキーワード。このキーワード探しが、収納のおもしろさであり生活の面白さなのではと思うこの頃です。
関連:
辰巳MOOK 第2弾 ドタバタ日記
2004.3.28 3.29 キッチン収納 ラップの置き場所
わからないことを探ってゆきます。その過程で派生する数々の疑問を、思いつくままにその場でメモにして書きとどめておきます。あとになると、何がわからなかったかもわからなくなってしまうから、それを忘れてしまうから・・・・・しばし置いておくと、その時、その場ですぐに調べなくても、あとになって自然発生的に解決されることに遭遇しましました。
そんな小さなことを積み上げていれば形になり、そこから、何かを伝えようと発することを始め言い続けます。すると、そのことは、自分の中では、当たり前のことになってしまって、かつて、自分もわからないでいたことを、忘れ去ります。そんなことに、別のことで気づかされました。
その時、わからないことが羅列されたメモは役立ちます。さらに何によって解決されたのか・・・・その記録があれば尚、役立ちます。あらゆるジャンルにおいて・・・・
あるとき、自然発生的にわかったことを集めて眺めていたら・・・・共通するワードがみつかりました。「基礎知識」「基本用語」。スポーツの世界でそれは「基礎体力」でした。そんな「基礎」という共通ワードだったのです。自分自身の「基礎」が、無意識のうちに見聞きしているうちに、少しずつ広がっていることがあります。それによって、それまでわからなかったことがはたとわかるということがおきるのです。
その歩き方の速度は個人によって違うと思います。歩きが速い人、遅い人。速い人から遅い人を見ると、なにもしていないように見えてしまうのだと思います。歩き方にも、直線的に辿りつく人もいれば、くねくね曲がりながら、あっちに行ったり、こっちに行ったりしてやっとたどりつく人もいるのだと思います。寄り道しながら、そのへんに落ちてるゴミも、いっぱいかかえこんで・・・・・(笑)
わからないことがすぐにわからなくていいと思っています。そのうちにわかれば・・・それを置いておくことに意味があると思うのです。
ただ、置き方を考えないといけないことに気づきました。どうやって置いておくのか。「見せる収納?」「隠す収納?」他人様から見えている場所に置こうとするなら、ぐちゃぐちゃ、わけわからない置きかたをせずに、わかるように置くということも大切ということですね。
自分さえわかってればいい・・・・・でも、それを見えるところに置いた場合、見せられている人によっては、心地よくない人もいるのだということを、ぐちゃぐちゃに置いてしまう人は知らねばならない。
このあたり、家族における個人の持ち物の持ち方のすりあわせに通じているように思います。ズボラなお父さん、それが我慢ならない、口うるさいお母さん。それはお父さんの性質と思ってあきらめて見て見ぬふりするのか。あるいは、意識改革を求めていくのか・・・・お父さんは、お父さんで、そのズボラさ加減が、お母さんをいらつかせている原因を作っていること、知らなくちゃいけないですね・・・・・・それを知れば、お母さんのお小言、少しは減るかもしれません(笑)
Posted by: honda | 2004.03.26 at 12:00