東北、仙台でのセミナー。東北新幹線に乗って、流れてゆく景色をボッ~っとみていたら・・・・・
飛ぶように流れゆく景色の中で、蔵が目に飛び込んできました。田んぼの中にポツリ。回りに広がる田んぼは、すでに収穫を終え、刈り取られた稲が並んでいます。
この景色を見ていたら、なんだか、いろんなことが重なりあってきてしまいました。この蔵には、代々受け継がれたものが、大切にしまわれているのかなぁ。鑑定団に出せそうなお宝、潜んでるかも(笑) 鑑定団とはいかなくても、先祖代々大切に受け継がれたものがあって、それを守りながらそこに暮らす人がいて、この場所で稲を作り続けてきたのかなぁ。そんな流れの先に、今の暮らしがあるんだよなぁ・・・・なんだかわからないけど、涙が出てきてとまらなくなってしまいました。ずっと窓越しに顔を向けたまま、北へ北へと走っていきます。
稲やグラスにやっぱり反応してしまうのかなぁ・・・・・
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私たちの今の生活が、時の流れの中の点にすぎないこと。そんなことを車窓から飛び込んできた景色が伝えてくれます。
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そのあとも東北でお仕事。八戸から盛岡への移動中、車内に置かれていたパンフに、盛岡の塗り物の話が書かれていました。秀衡塗り・・・・聞いたことがない塗り物ですが、盛岡に藤原三代秀衡ゆかりの、特権階級が使っていたお椀が存在してたのだそうです。特権階級のものだったから、一般には広がらず、私たちには、なじみがなかったのかな?
塗り物の産地に訪れると、なんとはなしに感じていたことがありました。「漆あるところに蝋燭あり」 会津でも感じさせられたことでした。会津にも有名な蝋燭がありました。この漠然と感じていたことが移動車内で解明されたのです。
漆の実を潰してとれる蝋が、蝋燭になりそして鬢付け油となっていたそうなのです。漆の木を充分活用された結果の産物だったのです。ここでもまた教えてくれます。私たちの生活は、自然からの恩恵をくまなく利用することから成り立ってきたことを。それらが文化や伝統技術として育まれ息づいているんだということ。
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そんなことを感じながら戻って、北国みどり情報局のBBSで、管理人さんと東北談義になりました。こんなお話が・・・・・・
東北の八戸自動車道を通ったときのこと。道は山間を縫うようにつくられているので路側にふと目を向けると眼下に小さな集落や曲がりくねった狭い道路がみえることがあり、厳しい環境の中にも人の息づかいや生活の匂いを感じる。
もし高速道路がなければこうした場所を見たり訪れることはないだろう。そう思うとタイムトンネルでワープした感覚になる。便利なだけでない飛行機や高速道路の効用かもしれない。せっかく料金を払うのだから屁理屈をつけてでも楽しまなくては(笑)
新幹線、飛行機、高速道路。時間を短縮した旅の世知辛さを言われることもあるけれど、その中に楽しみを見つけだすことはいくらでもできるわけだし、それを実践して、ただ実践されているだけでなく、それを記されている方を発見して、なんだかうれしくなっていたのでした。
飛行機から見える景色を写真に納めたり(雲の上は快適)、機内でモニターされる飛行機の高度と温度変化の関係を記録して、そこからいろんなことを引き出してみたり。面白がれる素材は、どこにでもころがっているんだなを感じさせられます。それを拾い上げるられるかどうかってことなんですね。なんでも、楽しみに変えてしまうことができる管理人さんを尊敬・・・・そしてそれを実践してる人は、一人だけじゃないんですよね。
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