KW:「選択肢」「価値観」「メリット」「デメリット」「ものさし」
ちまたでは、100円グッズ花盛り。書店に行けば、これでもか、これでもか・・・・と雑誌が次々に新刊されております。みなさんの使いこなしアレンジに感心しきり。今まで100円グッズを利用したアイデアなど、雑誌やテレビを通して、お伝えしてきましたが思わず、「もう、私の出る幕じゃない・・・・・」とため息をついてしまいました。(笑)
お手軽収納グッズとして、よく取り上げられる100円グッズですが、それに対して、日頃、どのように考えて使っているのかをお伝えできる機会というのがなかなかありません。過去に感じさせられたこと。そして今、思っていることなどを、お伝えさせていただこうと思います。
100円グッズに対する評価に耳を傾けると、様々な声が聞こえてきます。このグッズが、収納において諸悪の根源のように語られることがあります。あるいは、「モノの本質を見極められる目を持たなくてはいけない。安かろう、悪かろうではないものを選べることが大事」これは、結婚してしばらくして、収納の達人と言われ始めたころに出会った言葉でした。こうあるべきとおしつけられることが嫌いな性格の私は、反発を覚えていました。
当時、100円グッズを多用しておりました。しかし、そこには自分の価値基準の中で選ばれたものであるという意識を持っていたからです。表面的なことだけで、判断されたくはないと思ったものでした。というのは・・・・・・
人には、生活ステージというものがあります。 生活を始めたばかりの頃、収納グッズにお金なんてかけられませんでした。 だから、当時は「安い」が選択において重要なポイントを占めます。見た目もよくて、質のいいものが欲しいのはやまやまです。 でも、一つ1000円するラックを10個買えば10000円です。 収納のラックにそれだけのお金を「今は」かけられないという判断が自分の中にありました。当時、収納達人主婦でもあり節約主婦でもあった時代です(笑)いかに安く生活するか。全ての価値基準のものさしはそこにありました。
しかし、生活を重ねていくと変化が生じます。次第に自分の生活スタイルというのが、できあがってきます。 するとこういうものが好き、こういうものでそろえたい。 そんな変化が訪れました。というより、もともと内在していたものが、形となって現れたとも言えるのかもしれません。しかし、この変化、訪れる人もあれば、 そのまま、100円グッズで満足して終わることだってあるかもしれません。 それは、人それぞれの価値観の問題なのです。そこにいい、悪いはないと思うのです。その価値観に対して、とやかく言うのは、私は失礼だと思います。 本人が満足して納得して使っているのであれば、それでいいことなのだと思うのです。
かくあるべき、こうすべき・・・といわれることを非常に嫌うタイプの性格でした。だから、 自分は、そのようには、絶対に言いたくないのです。自分はこういうものを好きで選ぶけれど、それは私のものさしなのであって、決して人におしつけるものではありません。 私が提供したいことは、これには、こういう面がある。こういう面もある。 こっちは、こうだよ。ああだよ。 じゃあ、あなたはどうする?何を選ぶ? その選択肢と、それにかかわる自分の経験からの情報を提示するということなのです。
実際に私自身の中でも変化しています。100円グッズに対する向き合い方が変わってきています。場所によって使い分けます。全てが全てではありません。(巷では、100円グッズの人、と思われているきらいもあるようですが・・・・笑)そんな経緯の中で、100円グッズをどう思うかと問われればお答えします。
私? 「私はね・・・・・」 こうこう、こう考えて、「今は」こう思っています。「ここには」こういうものを選んでいます。
「私は・・・・」がポイント
「今は・・・・」がポイント
「ここには・・・」がポイント いずれ変わるかもしれませんが・・
メディアを通して、情報を提供するとき、限られた紙面や時間の中で、お伝えしたいのはその部分なのです。それが伝わるよう、少ないワード数の中で表現をあれこれ考えます。しかし、なかなか、その部分まで、お伝えしきれないことが多いのが現状です。
時には、これがベストといいきって下さいと言われることもあります。それは本意ではないのですが、最近の読者は指示待ち世代が多いと言われています。だから言い切ることが必要なのだそうです。一番、お伝えしたいのは、「自分で考えて選択することの大切さ」です。しかしそれでは受け容れられないといいます。「○○に対しては○○がいい」そう言われて納得するのだそうです。
「自分で考えながら選択する・・・・・」そのような提示のしかたでは振り向いてもらえない危険があると漏れ聞こえます。ターゲットあっての情報、ターゲットあってのお仕事。ということを考えれば、相手の求めるものを提供する。それも一つの仕事のあり方なのかなと、自分を納得させてきました。需要と供給。これはある意味、経済活動ともいえるのかも・・・・・と。商品にターゲットがあるように、メディアを通して発する情報の先にも、そのメディアが設定したターゲットがあるのです。それぞれに合わせて微妙な部分が変化することは、割り切らなくてはいけないことで、これは、どんな仕事の世界にも存在することと納得させていました。
しかし、続けていくうちに次第に伝えきれないことへのジレンマが大きくなってきました。それを放出する場所が必要になってきたということでしょうか(笑)
なんで、必要以上に、選択肢だということにこだわるのでしょう。それは、自分が向けてきた視線。 その視線に対しての自分なりの答えだからかもしれません。
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